あるピアニストの一生

音楽関係の文章 書評

 

○「西洋音楽演奏史論序説」 渡辺裕著 春秋社 444+105ページ、4500円

 労作であろう。読むのにもだいぶ疲れるが(気楽に読める本ではない)。

 原典主義一辺倒の風潮に一石を投じる本。主にベートーヴェンの作品・演奏を対象に、19世紀はベートーヴェンの作品に勝手な変更を試みた悪しき時代であり、近年の原典尊重により、ようやく真のベートーヴェン像が明らかになった、と言う通説が如何にいい加減なものであるかを、具体的かつ綿密な考証により論じている。

 楽譜以外に口承により伝えられる部分がある、というある意味極めて常識的なことがクラシック音楽にも通用するということ。目から鱗という感もある。

 もちろん原典は尊重されなければならない、しかし原典が唯一絶対のものではない、バランス思考が大切なのだろう。

 哲学、比較文化論あたりの知識がないと、特に序章を読むのに苦労するかもしれない。まあ、初めの難解なところは飛ばしてしまって、第3章当たりからの比較的読みやすいところだけ読んでも、得るところは多いと思われる。

 お薦め。

 

○「反音楽史」 石井宏著 新潮社      343ページ  1900円

 ある種痛快な本ではある。現在の教科書的音楽史はドイツ音楽を至上のものであると持ち上げることに 躍起になった19世紀ドイツ人の陰謀によるたまものであると主張している。

 まあ、音楽用語はイタリア語なんだから、少なくともベートーヴェンあたりまではイタリアこそが音楽先進国であった というのはちょっと考えれば誰にでも分かることである。

 読む前に誤解してならないことは、著者はいわゆる正統的ドイツ音楽、バッハ、ハイドン、モーツアルト等々の 音楽に価値がないといっているのではない。当時はマイナーな作曲家に過ぎなかったといっているのである(しかしまあ、 これはほとんど常識)

 正統的ドイツ音楽を持ち上げるために(それに価値があることは言うまでもない)、その反動としてロッシーニ、プッチーニ などのイタリアオペラを初めとする、多くの音楽が「俗悪」として切り捨てられた。ヴィヴァルディなども200年ほども忘れ去られていた ということに抗議しているのである。

 美学と言うものをドイツ観念論哲学が発明し、ベートーヴェンの音楽をだしにして「音楽は崇高でなければならぬ」 という大命題をぶち上げたがゆえに、最終的には12音主義などというほとんど音楽とは言えないものにたどり着き クラシックは自分で自分の首を絞めることとなったと。

 「崇高」以外の音楽があってもいいというのは、もちろんそのとおりです。でも「崇高」の音楽はやっぱりいいんだけどなあ。 ピアノ弾きにとっては、イタリア人はほとんどお呼びでないのである。どうしてもドイツ音楽びいきになってしまう。 それと日本人は「道」が好きですからなあ。やっぱりドイツ音楽の方をありがたがる人の方が多いんじゃないかしらん。

 まあ、バランスの取れた歴史観を持ちたいものです。とりあえず常識的音楽史観をすでに御存知の方にお勧め。 最初に読むべき音楽史としては、やはり少し首をひねるかな。

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