あるピアニストの一生

1994/7/24(日) ピアノ・フルート発表会 @サンサンホール 13:00開演

<第1部>

1.パパはママが好き(モーテ)
 → トップバッターとしての責任は果しました。
2.ジーグ(アイルランド民謡)
 → 上がってしまって・・元気がなくなっちゃったね。
3.アイアイ(宇野誠一郎)、おもちゃのチャチャチャ(越部信義)
 → 上がってしまって・・すっごく興奮したみたい。
4.アニーローリー(スコットランド民謡)、禁じられた遊び(スペイン民謡)
 → まずまずでしたが、メロディーがやや弱い。
5.シエラザード(リムスキー・コルサコフ)、ブーレ(バッハ)
 → 小さな体であれだけ弾けばまあよしという事なのでしょうか。しぐさが年齢にそぐわないのが面白い。
6.すみれ(ストリーボッグ)
 → 一か所つまづきかけたが、あれは何だったのでしょう。それがなければ上等。
7.月見草の花(山本雅之)
 → 上出来。
8.となりのトトロ(久石譲)
 → しばらく行方不明になってしまいました。トトロは捜してもいいが、音は捜してはいけません。さっさと次に行くことです。
9.子供のタンゴ(服部公一)
 → まずまず。速いテンポにイマイチ乗り切れない。
10.朝の祈り(ストリーボッグ)
 → (欠席)
11.ノクターン(リヒナー)
 → とにかく、まず練習。
12.ワルツ=バレエ(サティ)
 → サティの曲にはけだるさがいるのです。
13(fl).春の歌(メンデルスゾーン)
 → だいぶ上手になってきました。音がイマイチ。
14(fl).夕べのうた(ケーラー)
 → まずまず。最初低音が多く、やっと高音になって聞かせどころと思ったらひっくり返ってしまった。
15.ソナチネOp.20の1 1楽章(ドゥセック)
 → 16分音符でもたつく。
16.荒野のバラ(ランゲ)
 → 後半頑張りましたが・・。
17.プレリュード B,h(芥川也寸志)
 → 「すごくうまい」と評した先生もいた。厳しく言うと、装飾音イマイチ、目立たないミスも多い。
18.ソナチネOp.20の1 1楽章(クーラウ)
 → リハーサルから遂にここまであがりっぱなし。
19.ゴットファーザー愛のテーマ(ロタ)
 → 遅く弾き切るというのは難しいのです。
20.ソナチネOp.36の6 1楽章(クレメンティ)
 → 16分音符が酔っ払ってました。
21.コッペリアのワルツ(ドリーブ)
 → とてもきれいだったのに、惜しい。
22.エリーゼのために(ベートーヴェン)
 → よくまとまっていてきれいに弾いてたのに・・。
23.バームクーヘン(湯山昭)
 → なかなかよく頑張りました。一言言わしてもらうと、バームクーヘンというより飴ころ餅という感じでした。
24.6つのやさしい変奏曲(ハイドン)
 → 少し曲が手にあまってました。だいぶ無理をさせたので、半ばはこちらの責任か。

<第2部>

1.チャップスティック(アメリカ民謡)
 → まずまず。だんだん速くなります。
2.森へ行きましょう(ポーランド民謡)
 → 1オクターブ間違えちゃって・・。
3.おもちゃのトランペット(グローバー)
 → まあ、こんなものでしょう。客席から二人とも見えたのかしらん。
4.ハイ・ホー(チャーチル)
 → 元気良く弾けました。符点のリズムにやや難。
5.星に願いを(ハーリン)
 → 急造ペアにしては上出来。
6.エンターテイナー(S.ジョブリン)
 → スイングしてるのかしてないのかよくわかりませんでした。
7(fl).オブラディ・オブラダ(P.マッカートニー)
 → 二人とも先生が付いてりゃ・・まあ当然。
8.時の踊り(ポンキェルリ)
 → ソロよりはるかに上手でした。
9.ファランドール(ビゼー)
 → ソロのほうが上手でした。
10.白鳥の湖より「情景」(チャイコフスキー)
 → すいすい行きたい宮治さん、慎重にいきたい濱村さん。
11.And I love her(J.レノン、P.マッカートニー)
 → 雰囲気は出てました。
12.アニトラの踊り(グリーグ)
 → まあまあでしたが。手が入り組んで・・音楽までややこしく聞こえてこないように。
13.「ドリー」より子守歌・ミアオウ(フォーレ)
 → 思わぬ傷がありました。

講師(fl) アンダンテとロンド(ドップラー)

<第3部>

1.夢(カバレフスキー)
 → もう少しダイナミックに弾きたい。
2.ワルツ・エチュード(ギロック)
 → 見るなら見る、見ないなら見ないという最初の方針を貫いた方が大体いい結果が出ます。
3.ノクターン cis(ショパン)
 → きれいでした。中間部にはもう少し余裕が欲しい。
4.ソナタK.332 1楽章(モーツァルト)
 → 曲が長いと思わせてはいけません。
5.即興曲Op.90の4(シューベルト)
 → 落ち着いたいい演奏でしたが・・。ペダルがやや濁る。
6.ソナタOp.13 悲愴 1楽章(ベートーヴェン)
 → うまいのは分かるんですが、やや期待はずれ。
7.春のささやき(シンディング)
 → とてもきれいでした。少し大きな傷があったが・・
8.幻想即興曲(ショパン)
 → 久しぶりの会心の演奏でした。イマイチの発表会を最後の二人で締めてくれました。

田所政人 ハンガリア狂詩曲 6番(リスト)

生徒数 pf30人(昨年-6+8)、fl2人

 フィードバックも含めた発表会の体制も整い、生徒のレベルも一定以上をコンスタントに確保できるようになっている。おそらくこの1990年過ぎから2000年前後にかけて、約10年弱ほどの期間が、田所ピアノ教室の全盛期であったと言えよう。ということは、私はこの最も贅沢な期間を共にさせていただいたことになる、そう思えばなぜもっとこの貴重な環境を有効に活用しなかったのか(平たく言えばもっと練習するということ)、本当に悔やまれるところである。
 こういうのは先生側がいくら「もっと練習しなさい」と言っても、私は練習しなかったであろう。むしろ反発してもっと練習しなくなったかもしれない。どうすれば練習したであろうか、寸評でも「装飾音がイマイチ」などと具体的にアドバイスなんかせずに、直球で「練習がたらんのや」と言えばどうだったか、いやあ、効果なかったやろうなあ。そもそも「練習する」という言葉の認識が違った、当時の自分としては、別に人生をピアノ第一で過ごしているつもりはなかったものの、サボっているという認識はなく、ある程度は練習しているつもりでいた。1日たった10分か20分の練習で「練習している」と思う神経がまったく理解できないが、当時は真剣にそう思っていたのである。
 京都や大阪あたりの色んなピアニストのコンサートに連れて行くとか、コンクールにでも出させるとかすれば、ひょっとしてやる気が出てもっと練習した可能性はあるが、しかしそれをしなかったからと親を糾弾するのはお門違いであろう。父は自分の意志に反してピアノのエリートコースを歩まされた過去があり、そのことで長い間、心のどこかで親を恨み続けることになってしまったようだから、自分の子どもは絶対に自由にさせてやろうと思っていたに違いない。
 今の私からすれば、もう少し色んなことを教えておいてほしかった、こちらにはその自由を有意義に埋めるだけの能力がなかった、と思うが、しかし当時の私なら何を言われてもうるさいなあとしか思わなかったであろうし、父は父なりに過保護と放任との間でバランスを取ろうと常に注力してくれていたのだと、今になってわかる。結局、親の心子知らずを受け止めてまた続きを「とぼとぼと」歩き出すが人なる道であるのかもしれない。ノクターンの15番が聞こえる。

トップへ戻る  

© 2015- 田所理央 ご意見・ご感想は t.masato@mathemarimo.bird.cx までお願いいたします。