あるピアニストの一生

1988/7/3(日) ピアノ・フルート発表会 @草津市社会福祉センター 13:00開演

<第1部>

1.ヴェニスの謝肉祭(ヴェルド)
2.かわいいミュゼット、シラノ・ド・ベルジュラック(ヴェルド)
3.モルゲンレーテ(ドイツ民謡)
4.コットンキャンデー(デイモン)
5.フレンチキャロル(讃美歌)
6.クラリネットこわしちゃった(フランス曲)
7(fl).メヌエット(バッハ)
8(fl).若者たち(佐藤勝)、旅愁(オードウェイ)
9.子供の謝肉祭(ストリーボッグ)
10.回転木馬(グランツベルグ)
11.聖者が街にやってくる(アメリカ民謡)
12.グリーグのコンチェルトより
13.さあでかけましょう(ストリーボッグ)
14.アラベスク(ブルグミュラー)
15.森の教会(ピッツ)
16.秋のスケッチ(ギロック)
17.マーチ(ルモアーヌ)
18(fl).イェスタディ(マッカートニー)
19(fl).ガヴォット(ゴセック)
20.ドナドナ(セクンダ)
21.おどけた曲(トンプソン)
22.無邪気、優美(ブルグミュラー)

<第2部>

1.ソナチネOp.36の1 3楽章(クレメンティ)
2.グノシェンヌNo.1(サティ)
3.イェスタディ(マッカートニー)
4.ガヴォット(ポッパー)
5.スピード自動車(中田喜直)
6.フィーリングす(アルバート)
7(fl).赤いサラファン(ロシア民謡)
8.即興的ワルツ(グリーグ)
9.アンダルシア(グラナドス)
10.ソナタHob.35 1楽章
11.束の間の幻影No.3,20(プロコフィエフ)
12.ソナタK.545 1楽章
13.ワルツOp.69の2(ショパン)
14.枯葉(コスマ)
講師 スケルツォ1番(ショパン)

<第3部>

1.かごめ変奏曲(小山清茂)
2.メヌエット(パデレフスキー)
3.即興曲Op.90の3(シューベルト)
4.ソナタOp.10の1 1楽章(ベートーヴェン)
5(fl).Offertoire(ドンジョン)
6.春のささやき(シンディング)
7.ドュポールのメヌエットによる変奏曲(モーツァルト)
8(fl).バラのワルツ(ケーラー)
9.アレグロ・アパショナート(サン・サーンス)

客演 フルート四重奏 花(滝廉太郎)、かわいいかくれんぼ(中田喜直)、
           虫の声(文部省唱歌)、アダージョとスケルツォ(ウーテル)
田所政人 平均律1巻NO.12(バッハ)、ハンガリー狂詩曲No.2(リスト)

生徒数 pf38人(昨年-6+5)、fl7人

 「ピアノ発表会」から「ピアノ・フルート発表会」に、装いも新たに再始動したという感じ。ピアノの講師も増えている。教室も拡大の一途、子どもも2人目を授かった、おそらく洋々たる前途が開けている思いであったろう。破婚から早世(とは言わないか、一応還暦は過ぎてましたから。でも今の感覚だと早いですよねえ)という結末を知っている身からすれば、むしろ悲劇的にも見えてしまう衣替えでありました。
 いちいち転記しませんでしたが、生徒名の下に小さく「山田小5」とか「膳所高2」とか、何学校の何年生かが書いてある。これはこの年だけである、きっと所属校調査と原稿作成がめんどくさくて1年でポシャったに違いない。さてこれを見るに、小学生が1年から順に(0,2,3,11,3,5)人、中学生が(6,5,2)人。高校以上は、音高の1年、普通高の2年、短大の2年がそれぞれ1人ずつである(残りの人は何も書いてない、大人ということだろう)。小4から中2がピークとみるのかな。
 1部の最後の人が小2だったり、3部の後半に小6がいたりして、ちょっと面白かったので、ちょっとこれで遊んでみました。具体的には、腕前(つまりプログラムの順番)と学年の関係を調べてみました。

グラフ

 横軸が学年(通し。つまり中学1年は7年生ということ)、縦軸がプログラム順(これも通し番号)です。面白いというか予想通りというか。確かに正の相関があります。相関係数は0.7、ただ右上の一点の存在感がかなり強いので、これがなければもっと下がるでしょう。主観的には0.6の後半、「まあ関係あるよな」くらいの感じに思っておきましょう。ついでにもう1つ、父の手書きのメモで生徒名の横に何年目の生徒かが書いてあるのですが、この教室に通っている年数と、プログラムの順番とをつき合わせてみると、

グラフ2

 こっちのほうがはっきり相関があります。ということはつまり、父はちゃんと指導をしていたということです。いや、エクセルの計算によると相関係数は0.68と出たので相関は弱まっているのですが、それは全体的に見た話であって、4年目までと5年目以降とに分けて考えれば(常識的に考えて最初の頃は上達のスピードが速いのは当たり前ですから、回帰曲線は対数関数的になるのが正しいはずです)、目分量ですが4年目までは0.8くらいでもおかしくない感じです。(数学に弱い方ごめんなさいでした、これで終わりです。)

 私は本業が塾講師なので、学校の勉強でも同じだなあと思いながらこのグラフを見ています。ある程度まとまった数の人々が物事を学んでいく、あるいは習得していくというのはこういうことなんだなと。同じ小4の生徒でも3番から37番まで、同じ3年目の生徒でも3番から35番までの開きがあります。ピアノのレッスンというのは当然に個別指導です、その子のレベルに合った指導を受けていても、これだけの差が出てしまうのかと。その子の練習量、やる気、渡された曲との相性、先生との相性、才能の開花具合、さらには家庭の事情など様々な要因があるんでしょうね。しかしまあちょっと考えてみれば、生徒によって出来不出来に差があるのは言ってみれば当然であり、それがむしろ正しい。おかしいのは、同じ学年ならば同じ進度、同じ習熟度であるべきだという前提のほうでしょう。

 まあ、初めにも言いましたように、ちょっとしたお遊びです。頭が良さそうに見えるお遊び。もしかして読者の方のなかに「なるほど、うちの教室でもこういう分析をしてみよう」と思った方がいらっしゃるといけないので、最後に注意を申し上げておきますが、この遊びにハマりすぎて、来年は相関係数0.8が目標だとか、回帰曲線より上の生徒には発展的な課題を与えようとか、このグラフを生徒に見せて下の生徒に喝を入れようとかってやりだすと、それは既に道を誤っています。人間が主役の座を奪われて、数学が主役になってしまっている。これは様々な悲劇の始まりであり、数学を使う者が最も気をつけなければならない点であります。人間の実像というのはこんな統計に切り取られるほどイチゲンさんにやさしくありません。統計というのは人間様が恣意的に変数を設定しますが、モノの個数ならともかく、人間の能力など本来変数にできるものではないわけです。もし神様が統計学にコンパイル機能を付けていてくれたなら、上のグラフなんかは「エラー 変数の型が違います」と出るはずなのです。しかし現実にはどんな不適切な変数でも、一応グラフになってしまう。しかも、それがけっこう意味ありげに見えてしまったりする。ということで、身の程を弁えない人達が、あたかもこれが世界の真実であるかのように堂々といろんなグラフを作って拡散させていますが、「それは変数がルール違反である」の一言で片付いてしまうようなものも、実は相当数あるのだと思います。これは統計学の傲慢であり、何でも数値化できると思ってしまった数学の傲慢であります。あくまで遊び、100歩譲って参考、に留めるべきなのです。数学は謙虚でなくてはいけません。(余談でありますが、うちの塾にかつて非常勤講師で勤務されていた、数学の博士号を持つある方は「教育工学」という分野が存在することに憤慨なさってました。数学がやってはいけないことに手を出していると。これこそが数学を知っている人間の態度であります。悲運なことにその後、組織改革で非常勤を切ったときにその方も退職してしまいました。もし私に権力があれば、その方だけは残したでしょう。今どうしてらっしゃるでしょうか)

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