あるピアニストの一生

作編曲

2017年2月5日、混声合唱団草津カンタービレさまの演奏で、以下の3曲を演奏していただきました。

 『日常』   詞:吉原幸子 曲:田所政人

 『これから』 詞:吉原幸子 曲:田所政人

 『開花』   詞:吉原幸子 曲:田所政人

演奏はこちらから(youtubeにリンク)

楽譜は以下

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 日常 
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楽譜には強弱記号や表情記号はほとんど書いてない。推敲途中だったとも考えられますが、それよりも単にパソコンがあまり得意ではなかったので楽譜作成ソフトを使いこなせなかったという可能性、あるいは「どうせ俺が指揮するんやから口頭で伝えたほうが早いしニュアンスも正確やろ」と思って書かなかった可能性が高い。

 

<個人的な感想>

『日常』
・題名からは平坦な音楽を予想してしまうが、けっこう場面転換の多い、やや劇的な音楽みたい。
・11からの伴奏形は最初見たときは微妙じゃないかと思いました。「泣きながら眠って」いるのがやんちゃ坊主ではなく礼儀正しいお嬢さんみたいな格調の高い雰囲気にしたかったんでしょうが、さすがにこれでは刺繍音の不協和具合が目立ちすぎるんちゃうか、と思ったんですがね、草津カンタービレさんの演奏を聞いてみると、なかなかどうして上手くいっている。ピアニストさんがお上手なのか、父の計算勝ちか。効果的な序幕に仕上がっています。
・20と21の伴奏、初めの4つオクターブ上の指示が抜けている?再現部ではオクターブ上になっている。このままで合ってるとしたら弱い対比にしたかったのかなあ、でもあんまり効果的じゃない気もする。
・33~34が面白い。31の終わりの和音は実質フェルマータに近くなるので、普通に歌えば強起に聞こえます。弱起なんですね。たぶんですが、35の前が1拍休みでは音楽が緩みすぎる、半拍で突っ込む勢いがほしかったんかな。僕は最初見たときこの半拍はフェルマータにして十分準備してから35を決めた方がいいと思ったんですが、ん、それだったらわざわざ弱起にした意味は?と思って考え込んでしまいました。
・最後のページは気持ちの持っていき方が難しいと思う。60で長いたっぷりしたフレーズが始まるかと思いきやすぐに変拍子と減7のコンボで切ってくるし、そこから拍子が複合的になって音程も上がるので一応音楽は高まりますが、66で拍子のずれが解消されて和音も協和するので、どうしても一息ついたような感じになってしまう。そうすると最後のフレーズが取って付けたような感になるので、66から67は何とか気持ちを切らずに続けたい。僕なら66の4拍目で男声の展開形を上げて、そのまま67は高めの音域で書くと思います。

『これから』
・ざっと読んだだけでも難曲とわかる。まず音が少ないし、その少ない音も音程がとりにくく、フレーズとしても細切れで、音楽的にまとまった歌にしようと思うとかなりの難易度になると思われる。
・この曲だけ、何度も修正した後がある。おそらく初版だと思われる遺稿は調からして違うし、その他に微妙に音が違うバージョンがいくつかある。一番力を入れたかった曲なのか。あるいは逆に、日常と開花は先に女声合唱版ができあがっていて、あまり調整する必要がなかったのかもしれない。
・最初のページ、初版では伴奏の音が極端に少ない。5と6を除いて片手単音のみ。「私は何をしてしまったんだろう」という思いを、不安や後悔の形をとるほど思考が進む前に、ハッと何か重大なことに気付いたその瞬間を凍らせたような、そんなものを表現したいんでしょう。完成版でも十分その気持ちは伝わると思いますが、ほんの少しだけ「呆然としている」感がある、呆然とするだけの余裕が生まれてしまっている感はあります。ただまあ、初版のこれそのままだと確かに音楽として不安定すぎて聞けないでしょうね。こういう、発信したいものと受信されるものが感性的に噛み合わないことがあるのが作曲というか芸術創作の難しいところ。
・最初のフレーズの終わり「てしまった」が、完成版の直前版まで1回目GFGE、2回目FEFDになっていたのを、完成版では逆にしている。それに伴って伴奏も少し変えている。これは全面的に完成版のほうがいいと思う。
・17から22にかけて、これは歌い手の草津カンタービレさんがお上手。作曲的にはたぶん危ない橋を渡っている、「あちこちに」書いてしまった人生の無秩序さ、書いたというかむしろ汚したに近い、絵の具をこぼして撒き散らして人生を進めてしまったみたいなニュアンスでしょうが、そんなんを表そうとして、その計算が逆にちょっと楽譜を理性的にしてしまっていて、これはヘタをすると全然音楽にならない可能性も十分にあった気がする。19の男声の音程は難しいでしょう、EGFFEにしてピアノの終わりをEからCisに変えるとかだめだったんでしょうか。それか和音をAdurに拘らなければ、一足早くGmolの第1展開にでもしてDFEEE・・・いや、これもこれで難しいな。ピアノも遊ばせるんならもっと大胆に跳躍があってもいい気がするし、何となく全体的にここはまだ推敲の余地ありという感じ。
・28は初版では伴奏なし。確かにない方がいいと思える、この伴奏があることで一旦落ち着いてしまって不安さが緩んでしまう。ただわざわざ追加したということは、一回実験してみて音楽の流れが不安定になりすぎると判断して仕方なく入れた可能性が高いかな。それか、30のピアノを浮き立たせるために狙って一旦落ち着かせるような書き方をしたんでしょうか。
・「残って」の「こ」はCisでなくCで正しいと思う。狙ってぶつけてる気がする。
・30のピアノは花の持ちどころ、ばちっと決めたいところ。ただそれにしては音が少ない気がする。下降音形は途中から左手も入れてオクターブにするべきだし、少なくとも4拍目左手は5連符2つ目からオクターブ下でしょう。
・初版では38の2拍目ですぐ「紙がほしい」に入っていて、溜め拍がない。誰にぶつけることもできない怒り、激情を表出させる見せ場なので、よりドラマチックにしたくて1小節引き伸ばしたんでしょう。別にそれはいいと思いますが、それよりもこのあたり全体的に音程が取りにくいのが気になります。歌う側にとっては見せ場であまり技術的に難しいとそっちにばっかり気が行ってしまって不完全燃焼感があるので、和声的な犠牲を払っても歌いやすく書いたほうが、結果的によかったのでは。
・40からのピアノは美味しいところを全部持ってったという感じ、この曲は全体的にけっこうピアノ贔屓です。直前の版までは41の偶数拍に左手がある、42の後半左手がGではなくAになっている。いずれも良い修正でしょう。40の4つが微妙に多い気もするんよなあ、この小節だけ3拍子でもよかったかも。3つだと流れを引き継いだ感じ、4つだと改めて仕切り直してクレッシェンドした感があると思う、微妙なところ。
・45の2拍目右手は演奏不可能。親指でCisからDに滑らせるか、このCisは捨てて一打で決めるか、かな。実は初版では調が1つ低くてCmolなのでHCDFAsH、これだとまったく問題なく弾けます。何らかの理由で調を変えたときに、この6つ同時は無理だとは絶対わかってたと思いますが、音を削ってないということはタイミングをずらしてでも全部弾いてほしかったのか、本来のイメージの参考にと残しておいただけだったのか。
・46からは中々良い場面に仕上がっているんじゃないでしょうか。人生の取り返しのつかなさに初め立ちすくむばかりだったのが、ここでははっきりと悔恨か憧憬か、何らかの形をとっているのがわかる。56から一瞬だけ見られる夢もいい感じ、「これから歩こうとする青い野原」がもしあったならと夢想しているんでしょうか。61の非和声だけ少し気になるかな、Bは要らないと思う。Hに逃がすかGにするか。
・63の収束は夢から覚めてるんかな。62の最後の和音が少しかぶるくらいでいいと思う。真っ白な紙、青い野原のある世界から、もう余白しか残ってない現実に引き戻されて終わる。60~62は夢の中にいながらその現実をわかってもいて、夢の中にいたい自分と侵食してくる現実との格闘という感じもしますが。うーん、60と61で引っ張った先のてっぺんが62の1小節しかなく、すぐに覚めてしまう展開には少しだけ疑問を感じる。別に4小節くらいこのテンションを維持するような小節を付け足したからといって音楽的に上質になる気もしないんですがね、なんかこれで終わることに一抹の物足りなさを感じるんですよね。

・なんというか、惜しい曲。父はこの歌詞には相当共感するところがあったのであろう。壮年のコンサートで、年を取ることについて「恥の上塗りをしておるというか、そんな気がしています」みたいなことを言ってましたから(晩年はその絶望を乗り越えていたと信じたい)。楽譜を見ても演奏を聞いても、魂を込めた力作であることは十分に伝わってくる。ただあくまで個人的な感想だが、上に記したようないくつか再考の余地が残ってしまった印象がある。あと10年くらい生きて、もう10曲くらい書いたとしたら、さらなる傑作を遺した可能性が大いにあったと思うと今更ながら残念である。

『開花』
・完成度という意味では、この3曲の中では一番上でしょう。55から60にかけて、特にソプラノさんが異常に難しいことを除けば。どうもご迷惑をおかけいたしました。お疲れさまでした。

 

歌ってくださった草津カンタービレさまに感謝!!

2017/3/26 田所理央 記

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